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適当に駄文。 書き物は妖怪メイン・・・でもないかも。 TRPGとか電源ゲーとかの話も。
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1で世界が生まれ
2で世界がうごき
3で世界は平衡す

+ + + + + + + + + +
姉さんとわたし

 わたしがその人形を手に入れたのは、まだ子供のころだった。
 小さな田舎町で小さな商店を営む父母はいつも忙しく、
社交性が足りずに友人を作れないわたしは、姉とばかり遊んでいた。
 ある日、母が数日家を空ける、と父に聞かされた。
「大丈夫、すぐに戻ってくるからね」
「いい子にしてたら、いいことあるわよ」
 微笑んで手を振った姿が、わたしの記憶する最後の母である。
 もちろんこれが今生の別れになるなど知らず、
遠ざかる父の車に手を振ってわたしは無邪気に叫んだ。
「おみやげね! 着せ替え人形ね!」
 姉がそっと叱った。
「そんなに大声でおねだりしないの。お行儀の悪い」
 それから数日して、急に老け込んだように力の抜けた父に、
母がもう帰ってこないことを聞いた。
 母の代わりに家にやってきたのは、女の子の着せ替え人形だった。

 母を失った父は、仕事以外に興味を失ったかのように生きていたが、
もとより姉妹二人で完結していたわたしたちの世界には、
さほど大きな変化ではなかった。
 ただ、あの人形の出現は、大きな事件であった。
 姉とわたしは、母の形見であるその人形を大事にした。
 どこへ行くにも一緒だった。
 外へ行くにも手放さなかったので、人形の服はすぐに汚れた。
 姉とわたしは人形を叱り、ときには謝り、汚れた服をきれいなものへ着せ替えた。

 物心ついてから・・・いや、おそらくはそれ以前から、
わたしの世界は姉だけで占められていた。
 父はただ無為に年を取り、命を縮めていくだけの機械であった。
 食事も衣服も風呂も、すべてわたしの生活は姉によって支えられていた。
 顔も知らぬ母を想像することはできなかった。
 わたしを支えているのは姉であり、
 家庭を存続させているのは姉であり、
 世界を生んだのも姉であろうと、
 子供ながらに漠然とそう思っていた。


 いつからだっただろう。
 その人形の異常さに気づいたのは。
 人形はいつでもわたしたちの側にあった。
 たしかに大事にはしていたし、遊びに行く時は一緒だった。
 しかし、学校にまで持って行ったりはしない。
 遊びから帰るときに、ふと忘れてしまったことがあった。
 しかし、家に戻るとそれはじっと座って待っていた。
「お姉ちゃん、わたし、あれが気持ち悪い」
「お母さんの形見なのよ。そんなこと言うものじゃないわ」
 姉もあまり良い顔色はしていなかったが、
なんとか理由をつけて人形を怖がらない努力をしようとしていた。
「毎日持ち歩いてたから、癖になって知らないうちに学校まで持って行ったのよ。
家に戻ってきたのも、そう。忘れたと思ったけど、ちゃんと持ってたのね」
 そんなことはないと思ったが、姉に怒られ、嫌われたくもなかったので、
わたしはただ沈黙した。

 いつからだっただろう。
 姉がわたしを見る目に、ある感情を見出したのは。
 かつて、姉とわたしの関係は、だいたいにおいて良好であった。
 まだわたしが幼い頃に、家でじっとおとなしくしておくべき時間に、
姉の通う学校へこっそり付いて行って大騒ぎになったり。
 遊びから帰るときにはぐれてしまって、一人で泣きながら家に帰ったり。
 そういったありがちなトラブルは何度かあったものの、良好で、平和であった。
 しかし姉の瞳の奥にある感情は、幼い妹に対する疎ましさですらなかった。
 それは間違いなく、恐怖であった。


 わたしが高校を卒業してから、二人で町を出た。
 父は実際には仕事にすら興味を失った抜け殻であり、
わたしたちが黙って出て行っても、なにも感じぬであろうと思われた。
 わたしは嬉しかった。
 父の抜け殻から離れることよりも、あの人形から離れられることが嬉しかった。
 町を出て都会へ行って、それからどうするかなど姉も決めていなかったが、
先行き不明な未来よりも、母の形見の人形の隣にいることのほうが怖かったのだ。
 実際、なんとでもなるものだ。
 仕事は選ばなかった。選びさえしなければ、生きていくだけの貯えはできた。
 あまり女がやらぬ力仕事でも、主に女しかやらぬ夜の仕事でも、何でもやった。
 そうこうしているうちに住む場所ができ、恋人らしきものもできた。
 世界は再び輝かしいもので満ち溢れだした。
 そうやって手に入れた姉とわたしの世界に、壁の薄い小さな賃貸住宅の一室に、
あの人形が現れた。
 どうしてここにいるの、なんでここにあるの。
 叫ぶわたしに、姉が必死で言い聞かせた。
「ちがうの、わたしが持ってきたの。お母さんの形見でしょう? 大事にしなきゃ」
 嘘だ。姉もこの人形を怖がっていたはずだ。嫌っていたはずだ。
 わたしを落ち着かせようと、嘘をついているにすぎない。
 一通り騒いだあと、結局わたしはその人形を無視することに決めた。
 かつて姉とわたしの世界からほぼ全ての事象を切り捨てていたように、
この人形をわたしたちの世界から切り捨てるのだ。いないことにするのだ。
 そしてわたしと同じように、姉も人形を無視しつづけた。

 ある春の日のこと。
 姉が不意に姿を消した。
 父は心配も不安も訴えず、ただ命を削りながらその日を暮らし続けた。
 世界が壊れた気がした。
 姉の居ない生活など、考えられなかった。
 手段も問わずに探し続けた。
 やっと見つけた都会の一角に住む姉は、父と同じように命を削りながら、
それでもなおどこか穏やかな開放感に満ちて生活していた。
 姉の暮らす家の大家に頼み、部屋の中に入れてもらった。
 意外にあっさりと
「ああ、あんたがお姉さん? 話には聞いてるよ。
よく似てるねえ。妹さんにそっくりだ」
と不思議な言葉とともに鍵を開けてくれた。
 そして明け方、口にするのも憚られる仕事から帰ってきた姉は、
わたしを見てパニックに陥った。
「どうしてここにいるの!? なんでここにあるの!?」
 ああ、やはりそうだったのだ。疎まれてさえいなかったのだ。
 わたしは姉にとって人間ですらなく、忌まわしいナニカでしかなかったのだ。
 わたしに弁明すら許さずしばらく叫び続けた姉は、
やがて、わたしを無視することで精神の平衡を保とうと決めたようだった。


 ある日、姉とわたしの世界がほころび始めた。
 大家から急に呼び出され、わけのわからぬ説教を受けた。
 なにを言っているのかわからぬ、怒られることなどしていない、
そう言い続けるわたしに、大家は溜息をついてこう言った。
「あんた、もう少しはまっとうな人間かと思ってたけどねえ」
 途方に暮れるわたしに、姉が言った。
「なにか誤解があるのよ。大丈夫、すぐにわかってくれるわ」
 恋人からも電話があった。
 わたしがどれだけ道徳心の無い人間か、常識のない壊れた人間か、
彼は電話口でまくし立てた挙句、事情を尋ねようとするわたしにこう言った。
「悪いと思うのなら、かわいそうなあの子に謝るんだ」
 切れた電話を持って呆然とするわたしに、姉が言った。
「なにかの勘違いよ。あなたが嫌われるような人間のはずはないわ」
 いいのよ、姉さん。なにが悪いのかは分かってる。
 人形だ。
 人形がわたしたちの世界を壊そうとしている。
 どうにかしなければならない。すぐになんとかしなければならない。
 どうすればいいのだろう、わたし一人でなにができるだろう。

 ある日、姉の部屋でうずくまってばかりではどうにもならぬと、
わたしは一つの決心をした。
 姉と向き合おう。向き合ってもらおう。話をしよう。
 外堀を埋めるのだ。わたしを無視できないように、他者を巻き込むのだ。
 まずはあの大家に話し、姉がわたしをどう扱っているか説明する。
 それだけではダメだろう。姉が無視できない人物を選ばねば。
 姉の隙を見て携帯電話を拝借し、よく電話する男を探す。
 電話で男に姉の仕打ちを、誇張交じりに暴露する。ちょっと媚も売ってみたり。
 これで怒った姉が暴力でも振るってくれれば、警察も呼べよう。
 それでいいのだろうか。
 そうしたらわたしを見てくれるだろうか。
 どうすればいいのだろう。わたし一人でなにができるだろう。


 たすけて、姉さん。口を出してばかりじゃなくて、たまには手伝ってよ。

 おねがい、姉さん。わたしも姉さんの世界に入れてよ。

 たすけて姉さん。
 おねがい姉さん。
 姉さん。
 姉さん。
 姉さん。
 姉さん。
 姉さん。
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いつもは別のハンドルを使っている。
某MMOの属性武器の通称と同じなのは嫌なので、こっちを名乗る。
某大学RPG研究会OB。
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