適当に駄文。
書き物は妖怪メイン・・・でもないかも。
TRPGとか電源ゲーとかの話も。
+ + + + + + + + + +
自己紹介を続けよう
うだるような夏の日。僕は、いまどきエアコンも付いていない壁の薄い文化住宅から脱出せんと、めぼしい物件を探して額に汗して不動産屋を巡っていた。
時期はずれなだけに家賃の安いワンルームなどは幾つか発見した。うち一つは駅の近さが魅力だったために、しばらく他の誰にも紹介しないで、と店の人に念押ししたくらいだった。
あと一軒、次の店で良い部屋が無かったら、くだんのワンルームに決めてしまおうと心に決めて、5軒目だか6軒目だかの不動産屋に足を運んだのだ。
結論を言うと、部屋はなかった。家があった。築10年経っておらず、駅から遠くはなく、ワンルームに比べれば当然高かったが、しかし破格の家賃の貸家だった。
一人暮らしなのにそんなに部屋があってもとか、車も無いのにガレージが付いててもとか多少は、ほんの多少一瞬だけ考えたけれども、しかし結局僕はすぐにそこに住むことに決めたのだった。
もちろん、そんな家であったから、僕だって「もしかしてそうじゃないかなぁ」くらいには考えていたのだけれども、その予感は正しかった。
幽霊つき一戸建て。それは安い。いや、むしろこれって宣伝したら高く売れたりしないのだろうか? それはともかく、新しく借りた僕の家には、幽霊が出た。
初めは足音だった。部屋の数があることをいいことに運び込まれたダンボールは手近な部屋に放り込み、とりあえずフローリングに布団を敷いただけの殺風景な部屋で寝ていたときに聞こえたのだ。
寝ぼけていたためか、それが足音だということには気づいていたが、僕しか居ない家の中を走り回るその音がどれだけ不自然なものか、そのことには気が回らないまま、うるさいなぁと目を開けた。
次はいきなり本命だった。上体を起こした僕の視線と、扉にもたれかかるように座っていた青白く光る彼女の視線が交差した。
さきほども書いたけれど、たぶん僕は寝ぼけていたのだ。そうでもなければ第一声がこんなものだったはずがない。
「こんにちは」
彼女が黙ったまま僕を見つめ続けたので、目が覚め始めた僕は次第に恐怖が増していった。でも、怖がるのにはちょっとタイミングを外してしまった気がして、今からどうしたものだろうと思案した。だから彼女がかすれた声で挨拶を返してくれた時は、助かった気分がして、なんだか変な話だけども、でもたしかに嬉しかったのだ。
「こんばんは」
「ああそうか、夜だよね。こんばんは」
それからはなんとなく自己紹介。僕の名前、ここへ引っ越してきたいきさつ、普段何をしているのか。
彼女も応えて自己紹介。彼女の名前、どうやって死んだのか、どうして死んだのか。
「自殺かぁ」
「そ、ドアノブで首を吊る方法が本に書いてあってね。首吊りって窒息じゃなくて骨折で死ぬんだって書いてあったけど、やっぱり咽喉も傷つくんだよね。だからこんな声しか出ないの」
「でも勉強が嫌で自殺っていうのは、正直ちょっと」
「言い訳だと思うよ、わたしも。言い訳っていうかな、理由付けっていうかな。いい気分転換がなかなかみつからなくて、選んだのがこれだった、結果的に死んだ、みたいな感じかな」
かすれた声は少し聞き取りづらかったけど、彼女はよくしゃべった。
彼女の家族が居なくなってから何人かの人が出入りしたこと。彼女の姿が見えた人は恐怖して、見えなかった人も夜中に聞こえる足音が気持ち悪くて出て行ったこと。
「そういえば、あの足音は? 君のじゃないよね」
「うん、わたしは座ったまま動けないから。もしかしたら他の部屋に、他の幽霊がいるのかもね」
それは怖いな、と思った僕は何か間違っていただろうか?
「わたしが言うのもアレだけどさ、幽霊ってなんだろうね」
「それは人間ってなんだろう、みたいな哲学的な意味?」
「じゃなくて、科学的に」
「なんだろうね。魂っていうのが本当にあって、それが残ってるだけかもしれない。空間に記憶された過去の事象映像だとか、水に残された波動だとか、色々言ってる人はいるけれど」
「んー、なんかよくわからないから、魂でいいや」
「もしかしたらあの足音は、君が別の時に立てた足音の幽霊かもしれないって話さ」
「わたしはあんなにバタバタ走らないよ」
そんなこんなで話が弾み、夏の早い夜明けが近づいてきて、光る彼女の姿が薄らぎ始めたとき、彼女が「またね」と言った。
「やっぱり昼間は出ないんだ」
「うん、なんでだか、そうみたい」
その言葉を最後に彼女が消えてしまい、一日目は終わった。
次の日、夜が更けて現れた彼女に、待ちかねていた僕はすぐに声をかけた。
「こんばんは」
昨日と同じようにしばらく沈黙したあと、彼女も
「こんばんは」
と応えた。
しかしその日、最初の会話は全然弾まなかった。なにしろ彼女は僕のことをまったく覚えていなかったのだから。それを納得させるまでが大変だった。
「そっか、昨日会ってたんだ。だからわたしの名前知ってるんだ」
「そうそう、納得してくれた?」
「まだ。だってただのストーカーかもしれない」
そう言って彼女は笑ったあと、不思議そうに呟いた。
「おかしいな、なんでそんな今までに無かったこと忘れたりするんだろ」
昨日の話では、幽霊になった彼女を怖がるかそもそも彼女が見えない人はいても、話しかけたりする人間は居なかったという。誰かと会話するのは、彼女が幽霊になってから初めてのはずだ。それとも、それも覚えていないだけだろうか?
「わたしが言うのもアレだけどさ、幽霊って脳みそないよね。頭はあるけど、ほらこれって脳じゃないっていうか」
「うん、わかる。人間の記憶っていうのは、物理的に脳が存在するからできることだよね」
「だからもしかして、わたし死んでからのこと覚えてないんじゃないかなぁ」
「それは違うと思うな。だって君は、君を怖がって家を出て行った人たちのことを覚えてるじゃないか」
そこまで言って、ふと思いついたことがあった。
彼女に、今まで居た住人の中で、どんな些細なことでもいいから思い出せることがあったら教えてくれと頼んでみた。
しばらく考えた彼女は、予想通り僕にこう答えた。
「覚えてない」
なるほど、つまり彼女は「人が出て行った」ことは覚えているが「誰が出て行ったのか」は覚えていないのだ。
「なに、なにかわかった? すごい自慢そうな顔で笑ってるよ」
「ああ、ごめん。説明する」
幽霊の正体がなんであれ、魂だか空間記憶だか波動だか知らないが、その記憶(脳が無いのだから記憶ではなく記録なのかもしれない)は簡単には更新されないのだ。だから彼女は生前の記憶は保っているものの、死んでからの記憶は曖昧だ。ただ繰り返された「恐怖した人々が出て行く」という事象だけを覚えているのも、その証拠だろう。
「つまり何? よくわからないんだけど」
「あーえーと、つまりわかりやすく言うと、幽霊は物覚えが悪い」
「ひどいな!」
もしも幽霊の存在が空間記憶だか波動だか、なにかに記録された人間の記憶と思考パターンならば、その仮説は正しいのかもしれない。
そうでなければ、世界は故人の幽霊のみならず「まだ生きてる人間の幽霊」さえ存在し、なおかつそれらが何倍何十倍いや何億倍にも膨れ上がっているはずだ。
いまだ不明なその記録媒体に、生命の消失かそれに類する何か大きなインパクトがトリガーとなり、『幽霊』が記録されてしまうのではなかろうか。
仮説は仮説でどうでも良い。あれから僕はまだ彼女以外の幽霊を見ていないのだし、そんなことより大事なことがある。
記憶力が悪いと言うことは、記憶力が無いわけではない、ということ。繰り返された行為は、彼女はちゃんと記憶できるのだ。
さあ、今夜も自己紹介を続けよう。
うだるような夏の日。僕は、いまどきエアコンも付いていない壁の薄い文化住宅から脱出せんと、めぼしい物件を探して額に汗して不動産屋を巡っていた。
時期はずれなだけに家賃の安いワンルームなどは幾つか発見した。うち一つは駅の近さが魅力だったために、しばらく他の誰にも紹介しないで、と店の人に念押ししたくらいだった。
あと一軒、次の店で良い部屋が無かったら、くだんのワンルームに決めてしまおうと心に決めて、5軒目だか6軒目だかの不動産屋に足を運んだのだ。
結論を言うと、部屋はなかった。家があった。築10年経っておらず、駅から遠くはなく、ワンルームに比べれば当然高かったが、しかし破格の家賃の貸家だった。
一人暮らしなのにそんなに部屋があってもとか、車も無いのにガレージが付いててもとか多少は、ほんの多少一瞬だけ考えたけれども、しかし結局僕はすぐにそこに住むことに決めたのだった。
もちろん、そんな家であったから、僕だって「もしかしてそうじゃないかなぁ」くらいには考えていたのだけれども、その予感は正しかった。
幽霊つき一戸建て。それは安い。いや、むしろこれって宣伝したら高く売れたりしないのだろうか? それはともかく、新しく借りた僕の家には、幽霊が出た。
初めは足音だった。部屋の数があることをいいことに運び込まれたダンボールは手近な部屋に放り込み、とりあえずフローリングに布団を敷いただけの殺風景な部屋で寝ていたときに聞こえたのだ。
寝ぼけていたためか、それが足音だということには気づいていたが、僕しか居ない家の中を走り回るその音がどれだけ不自然なものか、そのことには気が回らないまま、うるさいなぁと目を開けた。
次はいきなり本命だった。上体を起こした僕の視線と、扉にもたれかかるように座っていた青白く光る彼女の視線が交差した。
さきほども書いたけれど、たぶん僕は寝ぼけていたのだ。そうでもなければ第一声がこんなものだったはずがない。
「こんにちは」
彼女が黙ったまま僕を見つめ続けたので、目が覚め始めた僕は次第に恐怖が増していった。でも、怖がるのにはちょっとタイミングを外してしまった気がして、今からどうしたものだろうと思案した。だから彼女がかすれた声で挨拶を返してくれた時は、助かった気分がして、なんだか変な話だけども、でもたしかに嬉しかったのだ。
「こんばんは」
「ああそうか、夜だよね。こんばんは」
それからはなんとなく自己紹介。僕の名前、ここへ引っ越してきたいきさつ、普段何をしているのか。
彼女も応えて自己紹介。彼女の名前、どうやって死んだのか、どうして死んだのか。
「自殺かぁ」
「そ、ドアノブで首を吊る方法が本に書いてあってね。首吊りって窒息じゃなくて骨折で死ぬんだって書いてあったけど、やっぱり咽喉も傷つくんだよね。だからこんな声しか出ないの」
「でも勉強が嫌で自殺っていうのは、正直ちょっと」
「言い訳だと思うよ、わたしも。言い訳っていうかな、理由付けっていうかな。いい気分転換がなかなかみつからなくて、選んだのがこれだった、結果的に死んだ、みたいな感じかな」
かすれた声は少し聞き取りづらかったけど、彼女はよくしゃべった。
彼女の家族が居なくなってから何人かの人が出入りしたこと。彼女の姿が見えた人は恐怖して、見えなかった人も夜中に聞こえる足音が気持ち悪くて出て行ったこと。
「そういえば、あの足音は? 君のじゃないよね」
「うん、わたしは座ったまま動けないから。もしかしたら他の部屋に、他の幽霊がいるのかもね」
それは怖いな、と思った僕は何か間違っていただろうか?
「わたしが言うのもアレだけどさ、幽霊ってなんだろうね」
「それは人間ってなんだろう、みたいな哲学的な意味?」
「じゃなくて、科学的に」
「なんだろうね。魂っていうのが本当にあって、それが残ってるだけかもしれない。空間に記憶された過去の事象映像だとか、水に残された波動だとか、色々言ってる人はいるけれど」
「んー、なんかよくわからないから、魂でいいや」
「もしかしたらあの足音は、君が別の時に立てた足音の幽霊かもしれないって話さ」
「わたしはあんなにバタバタ走らないよ」
そんなこんなで話が弾み、夏の早い夜明けが近づいてきて、光る彼女の姿が薄らぎ始めたとき、彼女が「またね」と言った。
「やっぱり昼間は出ないんだ」
「うん、なんでだか、そうみたい」
その言葉を最後に彼女が消えてしまい、一日目は終わった。
次の日、夜が更けて現れた彼女に、待ちかねていた僕はすぐに声をかけた。
「こんばんは」
昨日と同じようにしばらく沈黙したあと、彼女も
「こんばんは」
と応えた。
しかしその日、最初の会話は全然弾まなかった。なにしろ彼女は僕のことをまったく覚えていなかったのだから。それを納得させるまでが大変だった。
「そっか、昨日会ってたんだ。だからわたしの名前知ってるんだ」
「そうそう、納得してくれた?」
「まだ。だってただのストーカーかもしれない」
そう言って彼女は笑ったあと、不思議そうに呟いた。
「おかしいな、なんでそんな今までに無かったこと忘れたりするんだろ」
昨日の話では、幽霊になった彼女を怖がるかそもそも彼女が見えない人はいても、話しかけたりする人間は居なかったという。誰かと会話するのは、彼女が幽霊になってから初めてのはずだ。それとも、それも覚えていないだけだろうか?
「わたしが言うのもアレだけどさ、幽霊って脳みそないよね。頭はあるけど、ほらこれって脳じゃないっていうか」
「うん、わかる。人間の記憶っていうのは、物理的に脳が存在するからできることだよね」
「だからもしかして、わたし死んでからのこと覚えてないんじゃないかなぁ」
「それは違うと思うな。だって君は、君を怖がって家を出て行った人たちのことを覚えてるじゃないか」
そこまで言って、ふと思いついたことがあった。
彼女に、今まで居た住人の中で、どんな些細なことでもいいから思い出せることがあったら教えてくれと頼んでみた。
しばらく考えた彼女は、予想通り僕にこう答えた。
「覚えてない」
なるほど、つまり彼女は「人が出て行った」ことは覚えているが「誰が出て行ったのか」は覚えていないのだ。
「なに、なにかわかった? すごい自慢そうな顔で笑ってるよ」
「ああ、ごめん。説明する」
幽霊の正体がなんであれ、魂だか空間記憶だか波動だか知らないが、その記憶(脳が無いのだから記憶ではなく記録なのかもしれない)は簡単には更新されないのだ。だから彼女は生前の記憶は保っているものの、死んでからの記憶は曖昧だ。ただ繰り返された「恐怖した人々が出て行く」という事象だけを覚えているのも、その証拠だろう。
「つまり何? よくわからないんだけど」
「あーえーと、つまりわかりやすく言うと、幽霊は物覚えが悪い」
「ひどいな!」
もしも幽霊の存在が空間記憶だか波動だか、なにかに記録された人間の記憶と思考パターンならば、その仮説は正しいのかもしれない。
そうでなければ、世界は故人の幽霊のみならず「まだ生きてる人間の幽霊」さえ存在し、なおかつそれらが何倍何十倍いや何億倍にも膨れ上がっているはずだ。
いまだ不明なその記録媒体に、生命の消失かそれに類する何か大きなインパクトがトリガーとなり、『幽霊』が記録されてしまうのではなかろうか。
仮説は仮説でどうでも良い。あれから僕はまだ彼女以外の幽霊を見ていないのだし、そんなことより大事なことがある。
記憶力が悪いと言うことは、記憶力が無いわけではない、ということ。繰り返された行為は、彼女はちゃんと記憶できるのだ。
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